天空の草原のナンサ
The Cave of the Yellow Dog
2006年1月26日 日比谷シャンテシネにて
(2005年:ドイツ:93分:監督 ビャンバスレン・ダバー)
監督のビャンバスレン・ダバーという人はモンゴル人でドイツに移住、大学でドキュメンタリー映画を学び、卒業制作だったのが、前作の『らくだの涙』でした。普通、学生の卒業制作映画っていうのは・・・ほとんど自主映画に近いもので、そうそう陽の目を見ることはないのに、ドキュメンタリータッチの物語の上手さにびっくりしました。
それはこの映画でも同じです。
あくまでも遊牧をして暮らしているある一家をドキュメンタリータッチで描いているけれども、しっかりとした物語、というものもきちんと融合させて見せてくれるのです。
しかし、今、モンゴルで遊牧生活をしている人は少なくなって、ほとんどは都会に出てきて生活している「今のモンゴル」というものがベースになり、そして古き良きものを守って暮らしている人々の姿も同時に描き出す。
ナンサという女の子は、学校に行っている間は都会で暮らしているのですね。なんだか入学式のような制服でナンサが夏休みで家に帰ってくる所から始まります。
ねぇねぇ、学校の本、見たい?星もらったよ・・・・と無邪気に親に話す姿が素朴でまず、いいです。
しかしナンサは6歳といえども、もう馬を乗りこなし、家の手伝いをする・・・幼い妹と弟の面倒を見て、お母さんの手伝いをして・・・いるうちに、白黒ブチの犬を洞窟で見つける。
この犬が実は映画の主役なんです。名演技で、カンヌ映画祭では、パルムドッグ賞(大賞、パルムドール賞のもじりで映画に出てきた犬に贈られる賞)を受賞しています。
何故、草原にぽつっと犬がいるのか、また、家に連れて帰っても父親は飼う事を嫌がって、捨てろ・・・と言う。ナンサはむ~ん・・・・と黙って、
言う事をきかずにツォーホルという犬を飼っている。母親は比較的協力的なので、やっぱり飼う・・・とそこら辺、ナンサは頑固。
今、遊牧を辞めて都会に働きに出る方がいいという人が増えて、犬を捨てていく、また、オオカミの群れに犬も混じって羊を襲う、しかし、人手がどんどんいなくなるから、その被害も甚大、という今時の事情がある訳です。
カメラは、ナンサを中心に父は羊の毛皮を都会に売りに行き、母はその間、家や羊の事を全てやる。その課程をとても丁寧に記録しています。どういう食べ物を作って、どういう生活をしているのか・・・そんな所が、遊牧民の古くからの知恵に感心してしまうのです。
お母さんは、なんでもひとりでやって、3人の子供を育てている。当然、子供ばかり相手にしている訳にはいかないから、子供は子供なりに役割を与えられて・・・という姿が新鮮に映ります。
子供だから、やらなくていい・・・ではなくて、子供でもやらなければならないこと、をお母さんは甘やかさずにやさしく子供に接する。
そんな姿がとても気持ちいいのです。押しつけがましくなくて、お母さんは当然の事を当然にやっているだけなのに、そこにやさしさや頭のよさや健康さ、がきちんと見えるのです。
父と母は、言葉少ないけれど信頼しあっています。しかし、父は都会で働こうか・・・と思い、母は遊牧の生活の方がいいと思っているけれども、そこで夫婦のいさかい、というものは起きません。
母が羊の乳で、乳製品のあれこれを作る、父は、都会に行くとたくさんおみやげを買ってきて、子供たちをかわいがる。また、薪割りをぱんぱんぱんと手際よくやるだけで、見えてしまう父の頼もしさ。
そして夏が過ぎて、ゲルをたたんで移動する一家。この移動する様子もまた丁寧に記録していますね。
びっくりするくらい手際よく「家」をたたんでしまうのでした。
原題の黄色い犬、というのはナンサがおばあさんから聞く、昔話なのですが、黄色い犬は不吉なのですが、ツォーホルという犬は、ナンサの一家にとって黄色い犬なのだろうか・・・という物語もスムーズに語られます。
本当にこの一家って気持ちいい素直さに満ちていて、今の日本の生活にないものばかり・・・のような気もするけれど、映画のあちこちに見え隠れする日本と同じ都会の生活・・・もしっかり見つめている所がいいです。
出てくる人たちは皆、俳優ではなく本当の遊牧一家で、子供たちはカメラの事を知っているのかどうか・・と思うくらい自然です。
家の中にある仏像を赤ちゃんとも言える弟、チビちゃんはべろべろ舐め回しているし。
そんな姿を見て、ほっとできる自分はまだ「すれっからし」ではないのだ、という妙な安心感が得られる映画でした。
更夜飯店
過去持っていたホームページを移行中。 映画について書いています。
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