僕と未来とブエノスアイレス

僕と未来とブエノスアイレス

El Abrazo Patrido(Lost Embrace)

2006年1月17日 銀座テアトルシネマにて

(2003年:アルゼンチン=フランス=イタリア=スペイン:100分:監督 ダニエル・プルマン)

第54回ベルリン国際映画祭 審査員特別大賞、最優秀男優賞受賞

混沌としているようで明快、悩んでいるようでも陽気、不安だけれどもどこか諦めの気分、未来が見えているようで見えていない・・・そんな何々のようであっても何々でない・・・という相反したものを軽快なテンポと語り口で明るく描く人物像。

深刻な状況にあっても、人間の基本的な部分にある明るさのようなもの、泣きたくなるような事でも笑って描く・・・監督はまだ若く、この映画を撮った時、まだ20代だったそうですが、人間の奥底にあるものをしっかり見つめている・・・という不思議なしあわせ感、安定感が感じられます。

この映画の舞台となるのはアルゼンチンのオンセ地区にあるガレリア。ガレリアというのは、アーケードのある商店街のことで、ここには様々な人種の人々が色々な店を開いている。

語り手となるのはそんなガレリアで下着店を経営している母の元で、働いているような、暮らしているような30歳近い若者?アリエル。

アリエルのユーモラスなナレーションで、ガレリアにいる人々がてきぱきと紹介されていきます。

アリエルは、アルゼンチン人ではあるけれど、祖父母が戦争の時、ポーランドから追われて移ってきた移民の子孫。

アリエルは、アルゼンチンにはもう、いたくなくて、ポーランド人になりたい、と思っている。

そんなに簡単に国籍変えられるのか・・・って所ですが、祖父母などがポーランド人であるという証明(パスポートなど)を持って大使館に行けば、はい、あなたはポーランド人ですって事になり、簡単にポーランドに行く事ができる。

しかし、ゲットーで迫害された祖母は、ポーランドを追われた事が嫌で、孫がポーランド人になることを快く思わず、なかなか証明書を出してくれない。

これは、監督自身がガレリア生まれ、実際、ポーランド人になろうとした20歳の頃をモデルにしたそうです。

若い人へのヨーロッパへの憧れ。安直にヨーロッパに行けば自分の道が開ける・・・と思いこんでいる考えの甘い青年。

周りにもそういう人がたくさんいたことから、逆に自分の生まれ育った所を見つめる映画を撮ろうと思ったそうです。

ガレリアといっても、そうそう繁昌して豊かな暮らしをしている人々ではありません。

アリエルの兄は雑貨店を経営していますが、いつも、「こんなもの売れるのか?」というおもちゃをどんどん仕入れては失敗している。

ユダヤ人がたくさん住んでいる町は宗教も様々。でもそんな人々は、なんだかんだいって共存している。

もうひとつ、この映画の芯となるのは、父親というもののあり方です。

アリエルの父は、子供の頃、失踪してしまい(母によると出稼ぎ)その姿を見たことがない。

でも、完全に縁が切れてしまったのかというと、父はずっと毎月、イスラエルから送金をしてきて、母と電話で話をしている。

この母という人が、なかなかのしたたかもので、父と息子の橋渡しなんてしようとしない。

お前は勝手にやってれば・・・?でも、つきあう女はよくないわね。

実際、アリエルの恋人のような女性はインターネットカフェを経営している女性で、母から言わせると「期限切れの40女」

白髪のパトロン?のような男性といつも一緒で、関係を聞くと「時々、父親」といった具合にはぐらかされてしまう。

他にもイタリア人の電気修理屋、韓国人の風水の店を経営している男女、いとこなのに、兄弟ということにしているユダヤ人の生地屋の老人・・・他のガレリアと喧嘩になり、では、商店街一周、100メートル競走で白黒つけようじゃないか!などという脱力ものの展開、ユダヤ教のラビは安息日である日曜日にそんなことは・・・でも、私、アメリカに行く用事が出来たから、やってもいいよ~などいう、あれやこれやが、たくさんの会話を通じて描かれていく。

そんな大切なレースの日・・・アリエルは、父らしき男の姿を見かけてしまう。

さてアリエルはどうするのか?

とにかく、暇なんだか、忙しいのかわからないアリエルはあちこち歩き回り、走り回り、しゃべっている。

未来が見えず、なんとかしようと思い、ポーランド人になれればいいかなぁ~といいつつ、ポーランドの事は何も知らない。

インターネットでポーランドを検索してワレサ委員長、ロマン・ポランスキー、ヨハネ・パウロ2世・・・・がポーランド人かぁ・・・なんて今になってこの程度。これじゃ、ポーランドに行ってもドツボにはまるだけですね。

そんな若者を演じたアリエル役のダニエル・エンドレールは、この映画の目であり、語り手であり、監督の分身です。

カメラはハンディカメラで、人々に近づいていく、軽快なテンポの編集、決して深刻な事態を描かず、たいしたことないようなあれこれをつないで、今のアルゼンチンの深刻な姿をも、きちんと描き出す。

観ていて楽しい映画(特にラストはほんわか、しあわせ)ですが、その底にある監督の現実をしっかり見つめる目というのがとても頭いい、と感心しました。

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