三年身籠る
Three Year Delivery
2006年1月12日 科学技術館サイエンスホールにて(試写会)
(2005年:日本:99分:監督 唯野未歩子)
この映画の冒頭、妊娠9ヶ月の主人公、末田冬子(オセロの中島知子)が大きなお腹を抱えて、家の前の掃き掃除をしている・・・お腹が大きいので後ずさりしかできず、丁寧にゴミを拾っていく・・・でも、ひとつ拾うとまたゴミが・・・でえんえんとずりずり後ずさりしながら掃除をしている姿・・・で、この主人公の気性や内面が描かれているように思いました。
ゴミは拾っても拾ってもまだまだある・・・拾って行く内に街を出て、山に入っても掃き続ける・・・そんな姿。
几帳面さと不安が同時に出ていて、映画を予感させるシーンでとても好きです。
冬子は、女系家族で祖母(丹阿弥谷津子)、母(木内みどり)、妹・緑子(奥田恵梨華)・・・祖父や父は他界してしまって、集まるのは女4人。
その時の様子が、まず、丁寧な料理を描くことから始めています。昆布やかつおぶしで本格的なダシをとる所から、揚げ物、煮物・・・何もかもきちんと手作りで手抜きをしない豪華な料理の数々。冬子がどんなしつけをうけてきたのか・・・そんなこともよくわかります。
しかし、この女系家族、親しく集まるけれど、祖母、母は冬子の出産には、どうも冷静で、「子供が出来るのを楽しみに楽しみにしている」という風ではなくむしろ、ちょっと毒があって突き放しているような雰囲気すらあります。
静かににこやかに「男なんていらないのよ・・」と言う祖母、凄い迫力。
茶筒や缶のフタが固くて開かない・・・という所が出てくるのですが、婿は女4人の所に来ても、することは「はい、フタ開けてちょうだい」・・・男の役割は、缶のフタ開けてくれるぐらいでいいのよ・・・という醒めた女の視線。
だから冬子は、出産で実家には帰らないと言う・・・親も甘やかさない、娘も甘えない・・・という一線があります。
冬子は淡々と1人で準備をしている。医者の言う通りになんでもして・・・耳栓をして余計な雑音は聞かない、テレビも見ない、ひたすら1人で子供を受け入れようと落ち着いています。
所が、十月十日過ぎても、一向に出産の気配はなく、なんと二十七ヶ月まで・・・・というとんでもない設定になるのですが、日常の描き方はとてもきちんとしたシーンの積み重ねです。
夫(西島秀俊)が、浮気をしていると知っていても、怒りもせず悠然と構えている。責めたり怒ったりせず、ひたすら自分と産まれてくる子供の事だけ考えていて、ちょっとその落ち着いた無表情がとても怖いとすら思えます。
しかし、冬子は、密かに父に手紙を書いている。大した事ではなくても「お父さんへ」と宛名を書いた手紙を書いている。それだけが、冬子の本当の不安を吐露できる場のようです。それが何とも切ないような・・・
この夫・徹は、俗な人間。
物を食べる時に、音を立てて食べる、箸で皿を引き寄せる。家に帰れば、廊下に点々と洋服を脱ぎ捨てていく。悪い人ではなく、普通の男の人なんだけれど、一緒に暮らしていたら、ちょっと嫌だな・・・という描き方が細かくてびっくりします。
妹はパンクな性格で、父親くらいの年齢の恋人、産婦人科医の海(塩見省三)に夢中です。
精神年齢が低くて、わがままで、勝手で、派手で恋人を「かいくん、かいくん」と脇目もふらず追っかけ回す。
緑子は「私はなんでも海くんと一緒じゃなきゃ、嫌。同じもの食べなきゃ嫌。海くんは大人でしょう?」とやたら細かい事に屁理屈並べる。
この妹の「かいくん♪かいくん♪」という言葉が妙に耳に残ります。
何度も繰り返されるのは「海くんは、本当に食べ方が綺麗ね・・・」で、夫の不作法と対照的。
その恋人が塩見省三だっていう設定も上手いし、離婚した元妻が病院の看護士で、そっとネクタイを差し出す・・・そんなシーンで、緑子には出来ない大人の世界を持っています。そんな元妻の密かな存在とかも結構怖いです。
外に出るのを嫌がっているのよ・・・と落ち着いている冬子に比べ、夫はだんだん「気持ち悪くなる」
産婦人科の医師の海は、それを研究論文にしようとする。お腹はどんどん膨らみ、歩くのさえ大変になる。
お腹の中で子供は大きくなり、笑ったり、怒ったり、泣いたりする。そんなシュールなシーンも何故かふわり・・・とした雰囲気にする技量とセンスって凄いです。
監督は映画女優の唯野未歩子。映画には出てこないのですが、冬子の姿が、映画での唯野さんの不思議な落ち着き・・・にだぶったりします。唯野さんは映画を作りたくて、多摩美術大学に再入学したりしてもともと映画を作る方がしたかったのでしょう。
女性監督だと、女の生理を生々しくとか、女の主張を出すとか・・・あるのですが、この映画はあくまでも透明。
そんなたたずまいがとてもいいですね。
出てくる役者さんも、微妙な役どころをきちんとこなしていて、塩見省三の「大人ぶり」というのが、本当にリアリティあります。
夫の西島秀俊も、俗っぽい感じから、純粋な面まで色々な顔を見せてくれます。
ファンタジックなんだけれども、リアリティがあって、ちょっと不思議で透明感があって・・・・大胆な設定で・・・淡々としているようでも妹の過ちを許さないって所なんか、ぎょっとする程怖い・・・そんなたくさんの要素がひとつの胎内におさまっているような安定感がありますね。
更夜飯店
過去持っていたホームページを移行中。 映画について書いています。
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