リトル・イタリーの恋

リトル・イタリーの恋

Love's Brother

2006年7月29日 飯田橋 ギンレイホールにて

(2003年:オーストラリア:103分:監督 ジャン・サルディ)

 この映画を観ている最中、思ったことは「困ってしまったなぁ」です。

別に、映画が悪いのではなく、話が、どうにも悪人が出てこないのに上手く行かない恋愛模様が続くからです。

登場人物、誰の身になってみても、困ってしまった・・・という状況の作り出し方が上手いです。

 1950年代のオーストラリアのイタリア人移民の街、リトル・イタリー。

アンジェロとジーノのドニーニ兄弟は、仲がよいけれど、違う兄弟。

弟、ジーノは健康そうで、明るく、人付き合いも上手く、恋人もいて「明」

兄、アンジェロは、カフェで働く真面目な青年。ただし奥手で、人付き合いも苦手の「暗」でも結婚したくて、写真お見合いを繰り返しています。

 映画は、写真を送ったら、結婚お断り・・・でがっかりしている兄、アンジェロの姿から始まります。

なんとか慰める弟ですが、兄は次のお見合い申し込みの手紙に同封する写真を、自分のではなく、弟の写真をこっそりイタリアに送ります。

その写真を見た、ロゼッタという女性は、写真に一目惚れ。結婚の意思を決め、儀式も済ませて、イタリアからひとり船に乗ってやってきますが、着いてみたら、迎えに来た人は、恋こがれた写真の人ではない・・・どういうことだ・・・から始まる、困ってしまう人たちの物語。

 兄、弟、ロゼッタ・・・3人とも悪くはないのです。まぁ、正直に自分の写真を送らなかった兄がいけないのかもしれないけれど、その事で、アンジェロはとても苦しむことになる。

実は・・・と謝った所でもう遅く、でも弟はなんとか兄とロゼッタをくっつけようとします。

この映画のいいところは、誰も兄を追いつめないということです。兄、アンジェロは、気の小さい人でありますから、すぐに後悔して教会で懺悔する。それを聞いた神父も、兄弟の親がわりの叔父叔母夫婦も、小さくなって、困っているアンジェロを責めたりしない。

責められればいいのでしょうが、責められないから、困ったことになるのです。

 しかし、この映画が丸くおさまるのは、実は、3人の努力の結果ではなく、弟ジーノの恋人、コニーの聡明さにあります。

ジーノは、兄の騒動を知って、また、なんとなくロゼッタが気になってしまうのを打ち消すかのように、コニーに求婚するのです。

3人の様子を口を出さずに、観察しているコニーは、その時、怒ったり、逆に結婚をあせったりしない。

ちょっと、待って・・・という「見極め」が出来る女性がコニー。

コニーの見極めがなければ、皆、不幸になっていたはずです。1人の女性の聡明さに気づく映画でもあります。

 オーストラリアの映画なのですが、これが、オーストラリアだ、という観光映画的な風景は撮さない。

カフェにエスプレッソマシンが初めて入った時の大騒ぎ、壁に絵を描いている謎の放浪者の描く絵・・・そんな背景にいる人たちの描き方も上手い映画です。

 今では考えられない話でしょうけれど、日本だって昔は、ブラジルに移民する人たちは、写真だけで結婚した、という話を聞きます。

自由に相手を選べない、移民という狭い世界の話でもあり、そんな中でどうするのか、ということを描いた小品だけれどもいい映画です。

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