ローズ・イン・タイドランド

ローズ・イン・タイドランド

Tideland

2006年7月12日 恵比寿ガーデンシネマにて

(2005年:イギリス=カナダ:117分:監督 テリー・ギリアム)

 テリー・ギリアム監督が、描くのはルイス・キャロルのアリスです。

しかし、過去たくさん映画化された作品・・・ディズニーのアニメ、『ドリーム・チャイルド』『ヤン・シュヴァンクマイエルのアリス』のように、ストレートにアリスを描いたりしません。

原作はミッチ・カリンの『タイドランド』です。

もう、これが過激な小説で、テリー・ギリアム監督らしい選択だと思います。

 主人公は、ヘロイン中毒の両親を持つ少女、ジェライザ=ローズ。

しかし、私がとてもアリス的だ、と思った点が3つ。

 ひとつは、この映画での少女の時間は止まっている。不思議の国や鏡の国に行ったアリスと同じく、ジェライザ=ローズは何も成長しない。ただ周りが騒ぐのを傍観しているだけで精神的な成長というのはない、という事です。

ディズニーのアニメの絵やテニスンの挿絵が妙に、キャラクター化されて原作の本来の姿と違ったものになってしまっている中、この映画のジェライザ=ローズの時は止まっていて、彼女には何の成長もない。したたかに生き延びはするけれども何かを学んだり、反省したり・・・そんな事はなく、ジェライザ=ローズは、自分の思うがままに行動するのです。止まった時を映画にし、映画が終わった瞬間、ジェライザ=ローズの時間が動き出すという仕組みにしている所は実にルイス・キャロルのアリス的。

 2つめは、このルイス・キャロスのアリスが描かれた背景の後ろめたさが映画全体を貫いている所です。

ここら辺は『ドリーム・チャイルド』という映画にも描かれていたのですが、ロリータ、少女偏愛という危なさがあります。

ルイス・キャロルは、自分が家庭教師をしていた少女、アリスに物語を書いたのですが、他にもこっそり、色々な衣装を着せて写真を撮ったりしていて、独身男の少女への偏愛ともとれる部分があります。

 母がメタドン摂取過多(父によれば「だから軽いヘロインにしとけば良かったのに」)で、どたばたと死に(この死に様がいいです。とっても動きがあって)、父と一緒に祖母の家にやってきたジェライザ=ローズですが、父もヘロインのトリップに忙しく、ほったらかしなのです。

そこに近づいてくる危ない人々の中を自分のやりたい事だけ、性的な事も何をどこまで知っているのか知らないけれど、思うがままに奔放に好奇心のままに行動してしまうエロチックな危ういムードが全面に出ています。

おばあさんの化粧道具を見つけ、好きなだけお化粧をしてしまうジェライザ=ローズ。もうアブナイ世界すれすれ。

 3つめは、少女の想像力。ジェライザ=ローズは、大人からほったらかしにされますが、それをひがんだり、寂しがったりしません。

友達は頭だけのバービー人形が4つ。指にバービー人形の頭をつけて、1人で自分の世界を作り上げ、自分はその主人公になる、という想像力がたくましい。恐ろしい程の想像力でもって、普通じゃない環境をくぐりぬけていく。

かわいいことよりも、残酷な事の方への想像力のベクトルが向いている。

子供の想像力、と空想の世界へのなりきりぶりのパワーの凄さを、ジェライザ=ローズ役の女の子、ジョデル・フェルランドという女の子は膨大な独り言の台詞を言い回し、観る者を圧倒します。

 たしかにかわいい女の子ではありますけれど、実に残酷で、憎たらしい一面も持っている。

これすなわち、アリス。テニスンの絵で、アリスは笑わない。怒っているか、にらみつけているか、見下しているか・・・そんな表情しか描かれていないのです。

 こんな所にアリス的なものを私は見てしまったのですが、しかしこれはアリスの物語をなぞったものではありません。

ウサギの穴に落ちていく、鏡の中をすり抜ける先の世界といった閉鎖的な世界でなく、ジェライザ=ローズと父が、たどりついた家は、周り一面黄金色の草が広がり、逆さまにひっくり返ったスクール・バスがあり、近くには列車の線路が通っている。

実に開放的で、青い空に、黄金色の草の海の中を走り回るジェライザ=ローズは、開放的で透明感に満ちています。

 また屋根裏部屋でおばあさんの衣装ダンスの中が、とてつもなく広くどこまでもどこまでも服、服、服といった不思議の世界、隣の家のちょっと知恵遅れの青年・ディケンズと一緒に、水の中を行くシーンは、とてつもなく透明感にあふれていて美しい。

ディケンズは、サメを退治するといって、古びたコインを線路に並べる。わぁ、いつサメを退治するの~~とわくわくするジェライザ=ローズ。

逆さまにひっくり返ったスクール・バスの中では、たくさんの蛍が飛び交い、列車が轟音をたてて通り過ぎるとき、ジェライザ=ローズは、想像を絶する叫声をあげる。ここ、びっくりしますね。おしとやかな上流階級のお嬢さん、アリスではないのです。

 映画に出てくる人たちも、イギリスの上流階級とはほど遠い人々で、夢ばっかり、ホラばっかり吹く父、ジェフ・ブリッジズのパンクロッカー、ヘロイン・トリップしっぱなし・・・・そして・・・といういきさつもグロテスクで、それを見つめるジェライザ=ローズも普通の子供ではない、変わった女の子。

そんな女の子の世界を、作り上げてみせるテリー・ギリアム監督の「夢なんかないんだよ」と言いながら悪夢の世界を描き出すという離れ業。

 監督は「アメリカでは子供は被害者で、ロマンチックな存在ととらわれがちだが、それだけではない。どんなに厳しい現実が待ち受けようともそれをはねのけることが出来る子どもの力強い生命力。それこそ、私が最も恐れ、同時に敬愛する想像力の源だ」と言われていますが、そんなクレイジーで、ファンキーで、自由で、エロチックなジェライザ=ローズの世界、時が止まってしまった世界。

とても個性に溢れていて、誰にも真似できない世界を作り上げていると思います。

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