奇跡

奇跡

Ordet

2006年8月10日 日比谷 シャンテ・シネにて(BOW30映画祭)

(1955年:デンマーク:126分:監督 カール・Th・ドライヤー)

1955年ヴェネチア国際映画祭グランプリ受賞

 辞書で奇跡とひくと、「常識ではあり得ない事がおきる事」で、奇跡劇、というと西洋宗教劇の一形式、となると知って成程ね、と思ってしまいました。

この『奇跡』という映画はまさに「奇跡劇」なのです。宗教、信仰の映画です。

 私が初めて、カール・Th・ドライヤーの映画を観たのは学生の時、サイレント映画『裁かるるジャンヌ』(1928年)です。

顔のクローズアップの映画とも言えるのですが、強烈に覚えているのは、ジャンヌの顔のアップ→白い壁に映る拷問器具の動く影→ジャンヌの顔のアップ、という所です。

直接的に拷問を描かず、白い壁の影だけで、恐怖を描いた事に衝撃を受けました。

 この映画はサイレントではありません。しかし、白の使い方がやはり際だっている映画です。

映画の芯となる宗教、信仰については、私は深くはわかりません。だから、この映画で描かれる事が全て完全にわかったか、というとどうしてもこの映画ではプロテスタントなのですが、わかっていないと思うのです。

でも、わかるところは実にはっきりと明解に説明している映画だとも思います。

 設定が、象徴的です。1930年代のデンマークのユトランド地方。裕福な農場の主人は信仰心が厚い。

しかし、その3人の息子が、宗教については3様なのです。

長男は、勤勉な男だけれども、信仰心を持っていない。つまり無神論者です。

次男は、勉強が出来て、神学を余りに熱心になったばかりに、今では、精神に異常をきたし、「自分がイエス・キリストだ」と思いこんでいる。

三男は、父と宗派の違う、仲のわるい家の娘と恋仲です。

 映画は、朝目覚めると、いつものように次男がふらふらと外で出て、丘の上から誰もいないところにむかって、「我はイエスなり」ととうとうと喋っているのを家族が、連れ戻すという所から始まります。

映画は、家の中と農場の周り・・・草が風にふかれている広大な何もない土地しか出てきません。

 次男は精神に異常をきたしているといっても、堂々としていて、イエス・キリストの風貌にそっくりで、それ以外は無害なおとなしい人物ですが、信仰心の強さがある意味自慢の父からしたら困った存在。

長男も三男も、それぞれに宗教的に困った存在なのです。

 そんな家族をまとめているのが、長男の嫁のインガ。美しく、聡明で、慈悲心にあふれ、インガがいるから、家族はまとまっているようなもの。子供を身籠っているインガですが、出産が難産で、母体も子供も危なくなってしまう。

医師の懸命の努力もむなしく、インガは息をひきとる。

このくだりの流れは上手いですね。おろおろしている父と夫(長男)・・・生きるか、死ぬか・・・の間の持たせ方が上手い。

そして、インガの死。

インガは、何も家具らしいものがないまっ白な部屋のまっ白な棺に納められている。中心に白い棺があり、白い壁に囲まれた中に蝋燭の燭台だけがあり、見事な左右対称の構図の絵。

 聖書では、イエス・キリストが死から甦る。しかし、この映画ではマリアのような存在だったインガの死がどう甦るのか、という所なのですが、実は奇跡は甦りだけではない、と思ったのですね。

 次男は、インガの幼い娘、奇跡を信じる、叔父を信じる子供に、「奇跡を起こしてよ」と言われて、失神してしまう。その失神の仕方が、棒がばたんと倒れるように・・・そして、突然何処へ行ってしまう。奇跡は起きなかったのです。

 医師も牧師も、そんな子供を見ても、実は奇跡なんて信じていないのです。医学的に、常識的に考えてもう甦りなんて、ありえない、と言い切ります。

しかし、奇跡は起きるのです。それは、父にも、長男にも、次男にも、三男にも、同時にそれぞれの奇跡が起きる・・・というのが凄いです。

ただの心境の変化、だけではすまされない奇跡的な事が連鎖的に起きる。そのたたみかけが、ラスト近くになって、スピーディに描かれます。それまでの、それぞれの宗教談義をえんえんとする分、この奇跡の数々の早さ。

奇跡というのは、あっと言う間に起きるものなのです。信仰というものはあっという間には、成り立たない。しかし、そこに断面を鋭利な刃物ですぱっと切った瞬間のような奇跡を見せるのが、この映画の映像なのです。閃光がひらめくようなイメージが、モノクロの画面から白い光が、ぴか、と光る映像なのです。

 この映画は、プロテスタント宗教を描いたものですが、原作のカイ・ムンクという人は、牧師なのですが、第二次世界大戦中、ドイツ軍がデンマークに侵攻してきても、反戦運動を辞めずに、ゲシュタポによって殺されたといいます。

信仰というより、信念の人だったのですね。この映画(原作は『言葉』)は、信念の映画でもあるのです。

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