アブラハム渓谷

アブラハム渓谷

Vale Abraao

2006年8月8日 日比谷 シャンテ・シネにて(BOW30映画祭)

(1993年:ポルトガル=フランス=スイス:189分:監督 マノエル・デ・オリヴェイラ)

 1908年生まれの世界で一番長寿の映画監督、マノエル・デ・オリヴェイラ監督。

この映画は監督、84歳の時の映画ですが、(監督ではこの映画が日本初公開)、モチーフにしたのはフローベールの『ボヴァリー夫人』

実にエロチックかつ高尚で残酷な女性映画を作れるものだな・・・・と感心、というより驚きを感じます。

また、この映画の特徴は、カメラが常に固定されていることと、膨大なナレーションの渦、そして使う曲が全て『月光』であるということです。

ベートーベン、ドビュッシー、シューマン、ショパン、フォーレ・・・そんな音楽家たちが「月の光」を音楽で表現したものを、また映像で使っています。エマというヒロインは、太陽のような存在の女性ではなく、あくまでも月の光のような女性なのです。

 スペインのドロワ河という葡萄畑の連なる谷に河が流れ、その渓谷にある裕福な一族が住んでいる。

その娘がエマです。14歳の頃からその美しさで有名だったのですが、右足が不自由。それが、また完璧な美貌の魅力でなく、傷のある美しさの魔力となる。

ナレーションが全てのシーンを説明している、というのはある意味、普通の映画ではありません。

言葉で言い尽くせないものを、映像で見せる事が多いのですが、この映画は映像で見せ、さらに、ナレーションで説明をし、様々な心理をより深いものにしています。しかし、映像で読み取れるものは、無限であるといってもいいでしょう。

 例えば、14歳のエマが、メロ家の老姉妹に会った時、「エマは噛みつくようにほほえんだ。メロ家の姉妹は、エマは確実に、人が怖がる女になると確信した」とナレーションが入り、高慢な表情で笑い声をあげるエマを映す。

このとき、エマが、本当に噛みつくように笑うのではなく、もともとエマという少女は美しいのだが、笑い声は妙に甲高く耳障りで品がない、その笑い声を上げるだけなのですが、観ている側は、噛みつく・・・という言葉の魔術にかかってしまうのです。

これはほんの一例なのですが、こういったことが、ずっと続く映画です。だから映画といっても実に映画的でないことを堂々とやっている訳です。

 さて、美しく成長したエマは、医者のカルロスと結婚する。しかし、エマはどんどん周りの男たちを吸い寄せてしまい、それに何の呵責もなく受け入れてしまうエマ。

子供が産まれ、成長し、周りが年をとってもエマ役のレオノール・シルヴェイラは、結婚したときの若さのまま、です。

周りが年をとっても、老いない、魔女のような女ともいえます。

これは、女はいつまでたっても、女である・・・・という監督の独特の作り込みなのかもしれません。

若い女っていうのは、こうで、年取った女はこうである、という決めつけがなく、女というものは、変わらない、いくつになっても不変のものを持ち続ける、だから魔女のようにエマは年をとらない。

そして、どんどん、若い男を引き寄せる。しかし、誰でもいい、というわけではなく、エマの自尊心を満たす男でないとダメなのです。

エマはヒステリーを起こしたり、怒ったりしない・・・ただ、ちょっと上を向いた時の目がものすごく傲慢です。

目だけで傲慢を現わしてしまうのが凄い。

 そして、エマの分身とも言えるのが、猫。14歳のエマは黒猫を抱いている。外では、犬に吠えられてもひるまない白猫が撮される。

そして、後に、夫の話を聞くときに、シャム猫をずっと抱いたままで、エマの傲慢な緑色の目と、抱かれているシャム猫の青い目に凝視されているという恐ろしさ。

夫はついに、その猫をつかみ、放り出してしまう。その時、カメラはゆれる。それまできっちり固定されていたカメラが、ぐらぐらっとゆれるのです。

 しかし、エマは、夫とは離婚することはない。夫は苦悩しながらも、エマに強く言う事は出来ない。そんな関係はとても空しく思えます。

この映画は、アブラハム渓谷から一歩も出ませんが、汽車から映るドロワ河、ボートで河を登ったり下ったりする、車はいつも去りゆく姿だけ見せる。だから、エマは、飛びだそうとすればいつでも飛び出せるのですが、エマはそんな事をしない。

エマが、心を許すのは、子供の頃からずっと洗濯だけをやってきた下女。この下女は耳が聞こえず、口がきけない。

洗濯をすることしか出来ない身分の低い者です。しかし、この下女もまた、エマのある姿の象徴かもしれない、と思うのです。

 官能的な映画というのはたくさんありますが、どう映画で表現するか、この映画の直接的な描写なく、空気でエロチックを出すという技術は大したものだと思います。 

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