A Romantic Girl(原題)
2006年10月21日 我孫子アビイ・ホールにて(東葛国際映画祭)
(2005年:中国:92分:監督 韓志君)
一言に「夢」と言いますが、結構、この言葉、魔物が住んでいます。
例えば、子供が「大人になったら電車の運転手になりたい」「大人になったらケーキ屋さんになりたい」という「夢」は損得感情ない素直な願望ですが、「金持と結婚して玉の輿に乗りたい」というあからさまではないけれど、無意識下にある「夢」というのは下手すると非常に打算的で自己中心的なものになりかねません。また、本人知らないところで誰かを傷つけていたりします。
夢見る夢子さん、というのは誰が言ったかわからないのですが、私は自称「夢見る夢子さん」には警戒心が働いてしまうのです。
本当に無垢な夢子さんというのは少ないのです。
この映画の主人公、シャオシャオはそんな夢見る、ロマンチックガール。
普段は、氷豆腐を売り歩いていますが、いつもからんでくる男をある青年が追っ払ってくれた。
シャオシャオは知らないけれど、青年に「君は村一番の美人だって有名だよ」と言われ、シャオシャオはまんざらでもない。
シャオシャオは、恋人がいて、仲の良い妹もいるけれど、貧しい村での暮らしが不満。
そこへ現れた青年は、町長さんの長男で、町一番の金持の息子だった!見初められたシャオシャオはその家でお手伝いをしないか、と誘われる。
恋人への気持と贅沢な暮らしへの憧れという夢、二者選択を迫られたシャオシャオは後者を選びます。
恋人は当然、反対、保守的な妹も反対、でも、お母さんは、玉の輿~~~と喜んでしまう。そして・・・いつも「くだらないっ」と不機嫌なお父さんがちょっと可笑しい。
確かに金持の家はモダンで素敵。村に自慢しちゃいたくなるシャオシャオ。でも、そこに暮らす町長一家の人間関係は?どうもなんだか怪しいのです。
だんだん、町長の家の暮らしが苦しくなってきても、シャオシャオは、見栄をはる。
夢見る少女は、半分手に入りかけた夢、幸せを、手放したくないのですが、物事はそうそう夢子さんの思うとおり、ロマンチックな事ずくめではない・・・・そんな夢が現実!のうれしさと、美人と言われるだけの愛嬌と、気の強さと、虚栄心、でも不安という複雑な心境の変化を見事に描いています。
近代化の波によって現代中国の若者たちにも「楽して、いい生活したい」「苦労はいや」といった風潮が強いのでしょう。
でもこの映画では、シャオシャオはそれなりの気苦労や、気配りというのが出来る女の子なのですが、夢子さん、ロマンチックガールの計算はちょっと甘いのです。そんな甘さを強烈ではなく、ちょっとソフトに描いた所がいいですね。
シャオシャオという女の子は、時にかわいく、可憐でありながら、時に計算高い、高慢な姿も見せるし、若さゆえの虚栄心もそうそう憎たらしくは描かないそのさじ加減が上手いです。
この映画の舞台となった村は、昔のたたずまいが残っている村で今では観光客が来るようなところだそうです。
水車小屋、石畳の道、緑の山々。綺麗な子、美人ともてはやされてしまった女の子が当然持つであろうロマンチックな夢の行方。
原作は80年代の小説をベースにしたものだそうですが、若者の短絡的な価値観というものを綺麗な映像で映し出す・・・決して説教臭くないけれどさりげなく現実の厳しさを、耳打ちしてくれたような気がします。
更夜飯店
過去持っていたホームページを移行中。 映画について書いています。
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