サムサッカー

サムサッカー

Thumbsucker

2006年10月4日 渋谷 シネマライズにて

(2005年:アメリカ:96分:監督 マイク・ミルズ)

2005年ベルリン国際映画祭銀熊賞(主演男優賞)受賞

 17歳・・・・難しい年齢ですねぇ。

普通でも、普通でなくても17歳は厄介な年齢です。子供以上だけれども大人未満。

自分自身が17歳だった頃を思い出すと「(今になると)どうでもいいことが妙に気になる」年齢でした。周りの目を気にするのもこの位の年からでしょう。それは、異性に敏感な年齢真っ最中である、という事もそうだし、将来の大人になった自分がわからない、という不安もあります。

 さて、この映画の主人公、ジャスティン(ルー・プッチ)はアメリカ、オレゴン州のごく普通の家庭の17歳の男の子です。

父はスーパーの店長、母は、看護師、弟は小学生。この映画は特別な人は出てきません。特にきれいな人とか、特に目立つ人とか・・・皆、ごく普通の人々。そこら辺が、同じアメリカ映画の『君とボクの虹色の世界』とよく似ています。だから、派手な事件は起こりません。

 スヌーピーの漫画「PEANUTS」では、ライナスが、いつも親指を吸って、毛布が手放せない子供だったのですが、ジャスティンの悩みは、17歳になっても、「親指を吸う(サム サッキング)」のクセが抜けないこと。家でぼーっとしているとき、学校のトイレの個室の中・・・ジャスティンは気がつくと親指を吸っている。

ハイスクールライフを謳歌しているとは思えないなんとも、やる気のない、集中力のない、ふらふらとした様子な高校生。

なんだか気弱な様子はジャスティンはなにかというと、すぐに"I'm sorry"と謝る。ちょっと謝りすぎ!ですが、謝ることで、なんとか自分の位置を固定させよう、または逃れようとしていますね。

 学校ではディベート部に入っていて、ディベートしなさい、反論しなさい、と指導されても・・・・反論なんかする気がない。

特に家庭に問題があるわけではない、ジャスティンも別に問題児でもない、普通なのに無気力。両親は、親指を吸うクセを直すために、歯医者で歯列矯正をさせている。

その歯科医、ペリーが、キアヌ・リーブス。瞑想する歯科医・・・なんだかニューエイジ志向の先生は催眠療法なんかしたりする。でも何も変わらない。

 ジャスティンは、何故がわからない。そして何故がわからないくせに、答えだけを探そうとしている

学校側はそんな無気力を、ADHD(注意欠陥多動性障害)だ、と判断して、抗うつ剤を出す。両親は薬なんて・・・というけれど、ジャスティンは薬で自分がよくなるなら、と進んで薬を飲む。

さて、抗うつ剤を飲んだら・・・・あらあら不思議・・・・・ジャスティンは、やる気バリバリになって、『白鯨』も一日で読める集中力、ディベートでは積極的に発言し、相手を言い負かす、弁舌さわやかになってしまいました。

朝もすっきり、やる気もばりばり、ディベート部は部長で、大会では優勝を重ねて、意気揚々。

でも、薬が、ジャスティンの答え、落ちるばかりのジャスティンの救命ネットだったのか?

 この映画では、ジャスティンのサムサッキングや薬の他にもドラッグ依存、マリファナなど、依存ということがよく出てきます。

病的なほどではなく、ごく普通の人なら誰でも持っているような微妙な依存心を、丁寧に繊細に描き出す。

家族の間の気がつかない内の依存、また、テレビドラマの主人公に思いをはせる母も「お遊びよ」といいつつ、どこか依存している。

依存というと悪いことのようですが、人間には依存が必要なんだと思います。何かが好き、何かをすることで気が晴れる、ストレス解消・・・どれも健康的な依存とも言えます。

しかし、家族で依存心を一番持っていないのは、実は小学生の弟です。常に家族を冷静に見ていて、両親が兄にかまけていても、ぐれる事なく自分をしっかり持ったクールな小学生。

 父の言葉、母の言葉、そして弟の言葉・・・それぞれが、深みがあって、でもそれは誰にでも言えること、という説得力があって、だからこそ、どれかひとつを優先させることは難しいという、実は誰もが持っている悩みなのです。

そんな普通の悩みを、ユーモラスに繊細に描き出したこの映画、とっても観た後、深いものがあると同時に、少しだけ成長したけれど、でも、変わらないものは変わらないんだ、ということに気がついたジャスティンが走る姿がとてもすがすがしい。悩み多き10代ものは多いけれど、しっかりと周りの人物が描かれている、というのは説得力があります。

ジャスティンを演じたルー・プッチは、映る角度によって顔が変わる。とても賢そうに見えたり、とても愚かにみえたり・・・そんな17歳の光と影のようなものをきちんと演じ分けていました。ベルリン国際映画祭だけでなく色々な映画祭でその演技は評価されています。

また母を演じたティルダ・スウィントン、父を演じたヴィンセント・ドノフリオの親の悩み、そしてキアヌ・リーブスの普通の人ぶり。しっかりものの弟くんの、ちょっととほほなカンフー練習。

気負った、気取ったところの全くない自然な世界です。

 ジャスティンが気がついたひとつは、Living without an answer・・・答えのない人生、でした。それもまた優れた答えのひとつでしょう。

サーカスの空中ブランコと違って、人間の救命ネットはひとつではなくて、色々なところにあるもの、なのでしょう~なんて、今の私はそんな事をしみじみ思ってしまうのでした。

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