サンキュー・スモーキング

サンキュー・スモーキング

Thank You for Smoking

2007年1月17日 渋谷 シネマ・アンジェリカにて

(2006年:アメリカ:93分:ジェイソン・ライトマン)

 ロビイスト/lobbyist:(議会への)陳情者、院外運動者、議会出入りの記者。この映画はいわばロビイスト映画ですね。

 この映画を作った人、監督他、脚本・・・頭いいですし、ユーモア精神とブラックユーモア精神と冷静な批判精神の持ち主だと思います。

映画を観ていて気がついたのはこれだけ、タバコについてもめるのに、出てくる人がタバコを吸うシーンがほとんどない、ということです。

映画のオープニングクレジットの人の名前は全て色々なタバコのパッケージの文字で統一しているのに。

 タイトルから見ると喫煙に感謝・・・みたいな感じがしますが、主人公のニック・ネイラー(アーロン・エッカート)は「タバコ研究アカデミー」の広報部長。もちろんタバコ研究アカデミーは、アメリカ大手のタバコ会社が運営している所です。

タバコ会社としては、この禁煙社会の中で、苦しい生き残りをかけている。その矢面に立つのが、広報部長。

ニックは、とにかく弁がたつ。その辺をテキパキと描いてみせます。テレビ討論会では、肺ガン協会、厚生省の役人などを相手に、ちょっとした所を鋭く突いて、それは別の話でタバコのせいではないのではないか?と相手を翻弄させる天才。

 ニックはあらゆる方面に手をのばして、タバコの売り上げを伸ばそうとする。ハリウッドに飛び、スーパー・エージェントと交渉。

ハリウッドスターに映画でタバコを吸わせて、観客に購買意欲を持たせようとするかと思えば、初代「マルボロマン」(マルボロのCMに出てきた男の人)が皮肉にも肺ガンになっているのを黙っているようにと賄賂を渡す。

 ニックの駆け引きがとてもテンポよく笑えます。スーパー・エージェントがロブ・ロウでハリウッドを仕切っている影の大物。

これが妙に日本びいきで、ビルの中に寿司屋、池に高価な鯉、部屋にはヤクザ?の組長のようなセンスの鎧兜!!

スーパー・エージェントはスーパーだから、いつでも仕事、お金の事を考えている。真夜中にオフィスからニックに仕事のアイディアの電話してきて、「いつ休むんだ?」と聞くと、「日曜だ」(その時、着ているローブが歌舞伎役者みたいなキモノ~で大笑い)

 マルボロマンは、サム・エリオットで、最初はタバコのせいで俺は肺ガンになったんだよ、と銃をつきつけてくるけれど、目の前の現金とニックの巧みな誘導で、ココロが動いてしまうあたり。

 しかし、非難の矢面に立つという事のつらさもさらり、と描いてみせます。

息子は、小学生だけれども父の仕事のせいで、非難され、悪者扱いされる事に心を痛めている。子供は親を選べない・・・離婚してしまった妻ももうニックにはほとほと嫌気がさしている。

 ニックは、仕事に息子を連れて歩く。そこで見た息子の父の立派な姿とみじめな姿・・・小学生の心は複雑です。

そして、美人新聞記者にまんまとはめられて、失落してしまう弱さ。

 アーロン・エッカートは、そんな天才ロビイストであり、普通の人間であり、父でもあり、男でもある・・・という姿をイキイキと時にはしみじみと演じているのがいいですね。

人前でディベートする、議論する、何かを訴える・・・というのはほとんど演技力なんだなぁ、と思います。

頭がいいだけでは、相手をやりこめられないし、自分のいい方へ話を展開させる事は出来ない。

 ニックは、「モッズ特捜隊」(MOD Merchant of Death)と呼んでいる会食を定期的にする。

仲間は、アルコール業界のPRウーマン、銃製造業者のPRマン。3人でいかに、「世間の良識」と戦うかを論じ合っている、というのが皮肉。

意外と3人の言う事は、社会の裏側を鋭く突いている事が多いのですね。建前に対する本音の部分をここでばんばん出してみせる。

 そしてニックは、タバコのパッケージにドクロマークをつけようという運動を始めた政治家(ウィリアム・H・メイシー)と聴聞委員会で対決することになってしまう。

ヒレツな手を使ってニックを追いつめようとする上院議員の俗っぽさがウィリアム・H・メイシーならではの、虚勢を張って自分を虎に見せようとする猫・・・といった役目ぴったりなんで、ここも笑えます。

 この映画はタバコがいいとか、悪いとか、という映画ではなく、とにかく物事には白と黒、いい、悪い、善玉と悪玉、だけで視界が狭くなってしまっている現代人の盲点をついているんですね。

悪いと言われているものをあえて弁護する、宣伝する・・・という姿を描いて、とにかく悪いものは悪い・・・理由を深く考えないで批判や判断を鵜呑みにして人任せにしてしまう一般大衆の盲点をもついています。

 まだまだ世間を知らない息子をさらりと上手く使って、大人の社会の表と裏を切り取ってみせる技が見事。

建前だけの偽善者の仮面をはぎとる、というギリギリスレスレもブラックなユーモアでかわしてみせる。

語り口の軽妙さ、脚本の上手さ、役者の上手さ・・・そんなものが、上手くブレンドされていて、コメディでありながら、社会派映画でもあり、娯楽映画でもある、というお得な映画だと思うのです。

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