敬愛なるベートーヴェン

敬愛なるベートーヴェン

Copying Beethoven

2007年1月24日 新宿武蔵野館にて

(2006年:イギリス・ハンガリー:104分:監督 アニエスカ・ホランド)

 『ポロック 二人だけのアトリエ』で芸術家、ポロックを演じたエド・ハリスが、今回はベートーヴェンをやります。

芸術家の影に支える人がいた、という話は、ソビエト映画の『ドストエフスキー生涯の26日間』とよく似ていました。

ドストエフスキーには、女性速記者。ベートーヴェンには女性写譜師(コピイスト)。

手書きの楽譜を清書するのが写譜師の仕事で、ベートーヴェンには2人実際いたそうで、3人目のコピイスト・・・を史実に基づいて作ったものです。

 この映画の美術、良かったですね。汚い所は汚く、妙にゴテゴテ美化していなくて落ち着いた雰囲気がずっと漂っているのがいいです。

ベートヴェンといえば、作曲家なのに耳が聞こえなくなってしまうという事があるのですが、この映画は、耳が聞こえない事に悩み苦しむベートーヴェンとはとらえていません。

あくまでも、耳が聞こえなければ、ラッパのようなものを作って振動で感じて、ひたすらがしがしと曲を作っていく。

変人奇人と言われても気にする風はなく、それがなんだっとあくまでも傲慢不遜なベートヴェンです。

音楽の才能のない、金をせびるだけの甥を妙に溺愛しているのも、少し歪んだ性格を思わせます。

 エド・ハリスは、律義な数学か、古典の先生みたいな印象を勝手に感じていた私は、破天荒ぶりというのを面白く見ました

結構ハダカになったり、写譜師が若い女性、アンナ(ダイアン・クルーガー)だ知ると、「女なんかに何が出来る」と軽蔑丸出し、しかもお尻まで丸出しにして、下品さ爆裂。

 アンナは音楽に対しては成績優秀ですが、修道院に住んでいる事や、ベートヴェンは傲慢不遜で扱いにくい変人だし、やはり時代として女性が・・・・という事もあり、でも、めげない。アンナのめげない目、悔しい~~という目が良かったですね。

アンナは怒りながらも、作曲は出来ても、聴力が劣っていては、指揮は出来ないベートヴェンを影で支えるのです。

交響曲第九番が初めて、披露される所のカメラワークが、切り返しでなく、ベートヴェンを写しそのままパンして、影で指揮を指揮する?アンナに移り、といった事をぐるぐる繰り返したりします。

 自分も作曲家になりたいと思うアンナは、ベートヴェンに「君は私になりたいのだろう(だから人真似は駄目だ)」と言ったりされても、ベートヴェンとアンナは二人三脚を続けます。

ベートヴェンがいつまでたってもアンナの事を「アンナ・ホルツ!」とフルネームで呼び捨てにする所は、ドストエフスキーがやはり「アンナ・グレゴーニワ」と親しく名前だけで呼ばなかった・・・というのと似ています。

距離を常にとっているという雰囲気と傲慢な雰囲気が良く出ていました。

ダイアン・クルーガーはとても知的な美人です。少し古典的美人かな、と思うくらいですが、こういう時代物にはぴったりします。

しかも私キレイでしょう~という所は全く出さないのです。

そこら辺の節度の持たせ方というのも良かったですね。

音楽が迫力だから、是非、音響のいい映画館で観る音楽映画であり、芸術家映画であり、女性映画でもあります。 

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