約束の旅路

約束の旅路

Va, vis et deviens

2007年5月29日 神保町・岩波ホールにて

(2005年:フランス:149分:監督 ラデュ・ミヘイレアニュ)

 この映画は、極東の日本人には到底わからない、知らない事実がベースとなっているのです。

まず、それを簡単に整理してみます。

 エチオピアの北部、ゴンダール地方には、「シバ女王とソロモン王」の子孫、といわれるエチオピア系ユダヤ人たちおり、「ファラシャ」と呼ばれています。

聖地エルサレムへの帰還を太古から夢見る人々であり、ユダヤ人、というと白人のイメージがありましたが、黒人です。

1984年、イスラエルとアメリカは、「モーセ計画」という、ファラシャをイスラエルへ移動させる計画を立てます。

それには、まずスーダンに行かなければならない。

スーダンから、(移民は禁止されていたので密航あつかいで)飛行機でイスラエルへ移動したファラシャは8000人と言われていますが、そのスーダンにつくまでに、4000人以上の人々が、厳しい環境で死んでいったといわれています。

 さて、映画は、このスーダンの難民キャンプから始まります。

イスラエルに行けるのは、「ユダヤ人」だけで、ユダヤ人でないと即刻、殺されてしまうところ、ある貧しい母親は自分の息子をユダヤ人だと偽って、ひとり飛行機に乗せます。

「行きなさい。そして、行って、生きて、何かになるの。それまでは戻ってきてはダメ。その時までは行きなさい」

行って、生きて、何かになる・・・というのがこの映画の原題だそうです。

 幼児の子供をなくしたばかりの若い母親、ハナの息子と偽って飛行機に乗り、イスラエルと向かう少年。

少年は、イスラエルで「シュロモ」(ソロモン)という名前になり、あるイスラエル人の養子になります。

 突然の環境の変化、新しい家族・・・ユダヤ人である、と偽らなければならない苦しみ・・・シュロモは、学校に行きながらも「同じユダヤ人なのに黒人」ということで、周りから疎外されても、養父母はそんなシュロモをバックアップしていく。

 そして、苦しみながらも、賢く成長したシュロモですが、やはり母を探しにエチオピアに行きたいと思っても、政治的に不安定になり、イスラエル自体が戦争に巻き込まれてしまう。

 そんな行き場がなくなったシュロモを養父母は、パリで医学の勉強をさせるために、「行きなさい」とパリに旅立たせる。

 この映画には、4人の母が出てきます。

その母親は全て、シュロモに「行きなさい」と背中を押すのです。

イスラエルへ脱出させるために、行きなさいという実母。

自分の命とひきかえに、養父母の所へ「行きなさい」という脱出したときの仮の母、ハナ。

パリに行って勉強するために、危険なイスラエルから脱出させるために「行きなさい」とフランスへ送り出す養母。

そして、医師になったシュロモを、難民キャンプの「国境なき医師団」に「行きなさい」という、妻でありシュロモの子供の母である、妻のサラ。

「ともだち親子」・・・のような、いつまでもべったりくっついている日本の親子からは、信じられない、考えられない、子供を手放すということをこの映画では何度も繰り返してみせます。

「行かせる」にはそれなりの厳しさがないと出来ないことで、子供のことを思えばこそ、行かせる、というのがとても衝撃的で、それを「育児放棄」なんて言っていたら、この映画の場合、子供死んでしまうのです。そのくらい、この映画は厳しい背景を持っています。

 人種、宗教、政治の問題をバックにして、ひとりの少年が成長していく過程を丁寧に映画にしています。

シュロモは、勉強が出来るけれどもどうしても、「黒人」という差別からはぬけられない。しかも、ユダヤ人だ、と偽っています。

ティーンエイジャーになると、反抗的にもなるし、恋愛もする、しかし、そこにいつもあるのは「黒人であることとユダヤ人でないことの苦悩」

○○人なのに○○人でない悩み、というのが、日本人には一番、共感しにくい部分かもしれません。

誰でも悩みはあるだろうけれど、人種というのは、もう選べないどうしようもないことなのに、翻弄されてしまう苦悩というものを、この映画はわかりやすく丁寧に描いています。

挫折して、めげそうになった高校生のシュロモが自暴自棄になって、ひとり警察に行く。

「僕はユダヤ人じゃないんです。最初から皆に嘘をついています」

すると、警察官は

「黙れ!俺はルーマニア移民だが、君たちのように献血を拒否されるようなことはない。他の移民はそんな目に遭わない。我々の責任だ。あのバカどもは君たちの苦しみを知りもしないで!」

そして、「卒業して職が欲しければ、ここへ来い。警察官になれ。君のような正直な人間が必要なんだ」とシュロモを逆に励ます。

このシーン、意外と唐突だったのですが、監督自身が、ルーマニア移民で、色々と苦労の末、フランスにいる、ということが後からわかり、この映画で、監督自身の生の声を出すのがここだったのです。

 シュロモを支える大人たちというのが良識的な人が多く、イスラエルの養父母、特に母は、フランスに行くという飛行場で初めて、「養子をとることは反対だった。自分の子供たちへの悪い影響があるのでは、と心配して」と正直な告白をします。

 しかし、シュロモは、賢くそして大変美しい青年に成長する。

良識ある大人たち、その大人に支えられて、成長する青年という綺麗事になりがちな流れであっても、綺麗事ではすまされない要素がもう、たくさんあるから、世の中、絶対にいいと悪いだけではなく、色々な人々の思惑が交差している様子も、丁寧でいやらしくはなっていません。

子供はひとりで成長することは出来ない、ということを4人の母だけでなく、周りの様々な人々を描きながら、複雑な背景でも万国共通の共感を持った、力強い映画です。

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