アヒルと鴨のコインロッカー

アヒルと鴨のコインロッカー

2007年8月3日 新宿ガーデンシネマにて

(2006年:日本:110分:監督 中村義洋)

 「君はね、彼らの物語に飛び入り参加している」

主人公の大学生、椎名はそう言われます。

まさに、何も知らない人間がある事件に巻き込まれてしまう顛末です。

 巻き込まれ型の特徴のひとつは、わたしは、「唐突さ」だと思うのですが、この映画はすごい・・・いきなり「一緒に本屋を襲わないか?」

なぜ?なぜ?なぜ?

仙台の大学に入学するためにアパートで独り暮らしをはじめた、椎名(濱田岳)は、引っ越してきた隣の部屋の不思議な男、河崎(瑛太)からそう誘われる。

椎名が段ボールを片づけながら、ボブ・ディランの『風に吹かれて』を口ずさんでいたら、いきなり隣のドアが開いて、「ディラン?」と声をかけられたのがきっかけ。

 最初に名前を聞いて「カワサキって・・・三本川の川?それとも河童の河?」と聞くと「じゃ、河童のほうだ」

河崎いわく、「この部屋の隣の隣の部屋はブータン人だ。恋人が死んでしまって、落ち込んで引きこもりになってしまった。彼の為に『広辞苑』を贈りたい」という。だから、本屋を襲わないか?

 椎名を演じた濱田岳が、背が低くて童顔で、ひょろながい瑛太と対照的なのですが、よかったのは、とにかくびっくりすることばかり言われて、「えっ!」と驚くのではなく、「・・ぇぁぇへ・・・・・えぇぇぇっ」とかなり間抜けなふ抜けたようなオドロキ声ですね。

椎名という青年は、これ、といった特徴のない普通の男の子で、特に正義感が強いわけでも、わがままでも、礼儀知らずでもない、でもちょっと気が弱くて押しに弱い・・・というのが、この「・・ぇぁぇへ・・・・・えぇぇぇっ」によく出ていたと思います。

 特に何を目指すでもなく、大学に行くことができた青年に降りかかる災難。

でも、結局、椎名は河崎と一緒に夜、本屋にモデルガンを持っていく。

河崎は、椎名は裏口で見張っていろ、という。「悲劇は裏口から起きる」

・・・・実は、ここまで書いてきた中に、この物語の真相のヒントがたくさん含まれています。

すでにご覧になった方は、わかってしまうと思うけれど。

 そして、過去の回想になり、ブータン人留学生ドルジ(田村圭生)と恋人のペットショップ店員の琴美(関めぐみ)・・・そして琴美の元彼氏(松田龍平)、3人の物語がインサートされます。

 河崎は、ペットショップの店長、麗子という女に気をつけろ・・・と言う。

しかし、椎名は大学で出合った麗子(大塚寧々)からは、「河崎くんには気をつけろ」と言われてしまう。

どういうこと?さっぱりわからない椎名。

本屋襲撃の後、奇妙な行動をとる河崎。わけわからない椎名。

 しかし、椎名は、物語に巻き込まれながらも、だんだん、「3人の物語」を知るようになる。

つまり、椎名=観客(小説だったら、読者)という、物語を見つめる人がスクリーンの中にいるわけです。

 3人の物語というのは、悪意のペット殺しの青年たちにずたずたにされてしまう悲劇なのですが、それを悲劇、と真正面から描かずに色々な人の思い出や映像や語りの中で、スムーズに見せていきます。

決して台詞でこうこう、こうでした、などと説明はないのですが、映像での説明が雄弁なのでとても映画的だと思うのですね。

そして、最後、全てを知った椎名は、「ボブ・ディランの声は神様の声、なんだろ。だから閉じこめようよ。見て見ぬふりをしてもらおうよ」

 悲劇を悲劇と描かず、むしろ喜劇として描いてしまったこの映画、原作小説もトリッキーで上手いのですが、これを映画として脚色した脚色の力も感じます。とても映画的な手法でもって、物語を描いているからです。

見終った後、さわやかでもあり、切なくもあり、寂しくもあり、微笑ましいような・・・そんな心持になる、今年の日本映画の中でも突出して上手い映画です。

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