書を捨てよ町へ出よう

書を捨てよ町へ出よう

Throw Away the Books, Let's Go into the Street

2007年10月21日 TOHOシネマズ六本木ヒルズにて(第20回東京国際映画祭~第20回特別企画 映画が見た東京~

(1971年:日本:138分:監督 寺山修司)

 寺山修司という人は、アングラの人・・・というイメージが強いのかもしれませんが、わたしが寺山修司に出合ったのは、高校の時の現代国語の教科書に載っていた短歌でした。

とても清潔感と詩情性にあふれていた短歌で、大好きです。

文学、演劇、短歌、俳句、歌・・・そして映画。

ただし、寺山修司の才能が一番開花したのは、何か・・・と言われると、わたしは映画ではなかったような気もします。

 この映画は1971年の東京が舞台となっています。

「私」という、寺山修司によく似た津軽弁がぬけない青年が主人公ですが、「私」は東京という街に振り回され、息がつまり、憎しみすら抱いているような印象を受けます。

 冒頭、「私」がカメラを通して観客にストレートに語りかける。

「こんな暗いところで映画なんか観てるあなた・・・」

津軽弁がぬけなくて、どこかうしろめたい東京に出てきた、猫背の青年。

 後に幻想的な映画『草迷宮』などに比べて、この映画は初監督作品だそうで、他の人がやらないような、自分だけの独自の世界を出そうと全編、実験している実験映画。

芸術とは何か・・・と言われても、即答は出来ないのですが、寺山修司は、芸術と高みから見下ろすことにも嫌悪を感じていたのではないか、という印象を受けるエピソードの数々です。

どれも、ヒリヒリとして、行き場のない憤りのようなものが、不安定なカメラでもって映し出されます。

それが、行き過ぎているのか、ひとりよがりなのか・・・自分でもわかっていなくて、映画を観ていて、寺山修司のもどかしさが伝わってくるようです。

 東京の街は、意外と今と変わらない。

所詮、東京は田舎者には冷たい。上手くいかない現実にたちすくむばかりの青年の姿・・・は、ポジティブという視点からは、背を向けています。

ここら辺が、寺山修司らしい、と思うところで、わかってもらえない自分をわかってもらおうとして、自己嫌悪に陥っている・・・映画。

初々しいともいえるし、荒削り・・・とも言える1970年・・・今から37年前の東京の風景の中で自己嫌悪するひとりの若者。

 寺山修司や唐十郎などのアングラ演劇・・・というものの空気をかろうじて知っている年代のわたしは大丈夫なのですが・・・寺山修司は映画を虚構として構えすぎていますね、まだ、このころは。

デフォルメされた虚構の世界、虚の世界という、暗いムードは今は好まれないのかもしれませんが、実は形を変えても残っているものでもある、ということに気がついた映画でした。

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更夜飯店

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