グランド・ショウ1946年
2008年3月11日 東京国立近代美術館フィルムセンターにて(生誕百年 映画監督 マキノ雅広(2)
(1946年:日本:65分:監督 マキノ正博)
マキノ監督の自伝を読んでいたら、戦争中、マキノ監督は映画も作っていたけれど、ヤミ屋もかなり手広くやっていたらしいです。
そして終戦直後に、京都にアメリカ兵向けのジャズ・バー(キャバレーというか)を作って、映画で使った役者、歌手から、馴染みの芸者さんまで動員して・・・といった商売もしていたそうです。
それを知った後にこの映画を観ると、戦後一年しかたっていないのに、こんな豪華なおしゃれなレビュー映画を作る・・・という、器用な商売人とか興行主的なお人柄がよくわかるような気がしました。
基本は、アメリカのミュージカルを真似しているようではありますが、黒澤明監督が苦労して戦後すぐ、『虎の尾を踏む男達』(歌舞伎の勧進帳)を作ったような「力み」は全く感じられません。
明るく楽しくゴージャスに・・・水之江滝子、並木路子、高峰秀子、ディック・ミネが・・・歌って踊って・・・そして、間に気の弱いコックとかわいい歌の上手いウェイトレスの恋物語・・・が挟まれています。
もう特撮機械を導入していて、男装の麗人(宝塚風)が柱の後ろに回るともう次は、風と共に去りぬ、のようなドレス姿でさっと現れて歌が続くとかね・・・
確かに、本場アメリカのミュージカルに比べると、野暮ったいのかもしれませんが、西洋風のセットなのに、いきなりお振袖で日本舞踊を踊っても全く、違和感がないというのは、マキノ監督のセンスが光っていると思います。
キャバレーが出てきて、マネージャーか、舞台演出で杉狂兒が出てくるのですが、ウェイトレスを辞めて歌手になった女の子(高峰秀子)の歌はいいけれど、顔の表情、手の動きが全くないよ・・・こうやるんだね・・・と二人羽織で、手だけやってみせる・・・それを丸々1シーンで見せてしまう・・・他にも歌や踊りは、基本的に1シーンで納めてしまっています。
理屈よりも、自分がやってみせる・・・そんなマキノ監督独特の演技指導がわかるような、面白さがありました。
ただただ、アメリカの真似だけでなく、日本の歌謡曲もあれば、ハワイアンもあるし、ジャズもある・・・というなんでもあり、なおおらかな感じがいいですね。
フィルムの状態はあまりよくなくても、そんな楽しい雰囲気はよくわかります。
歌と踊り、または群舞というのはマキノ監督は時代劇でもよくやっていて、時代劇が多くても、とてもハイカラな人でもあった、というのがよくわかる貴重なフィルムです。
更夜飯店
過去持っていたホームページを移行中。 映画について書いています。
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