潜水服は蝶の夢を見る

潜水服は蝶の夢を見る

Le Scaphandrre et le papillon/The Diving Bell and the Butterfly 

2008年3月18日 シネカノン有楽町一丁目にて

(2007年:フランス=アメリカ:112分:監督 ジュリアン・シュナーベル)

 以前、長いこと介護の仕事をしていたとき、資格をとるためにまた定期的に実習というのがあったのですが、一番、身にしみてわかるのは「介護する方」ではなく、「介護される方」になることでした。

ベットに横になって、そばに人が来る。話しかけてくる。体を触られる・・・上から見下ろすように顔が迫ってくるのにびっくりします。

何の声もかけられず、いきなり体を触られるのがこんなにびっくりすることで、不快なことだとは、思いませんでした。

また、目が見えない人というのは、自分がやるよりも、眼隠しをして、ガイドされる・・・を経験したときのこわさ。

 この映画は、43歳で脳血管障害で倒れた主人公、ジャン・ドミニク=ボビーが、昏睡から目覚めるところから始まりますが、カメラはすべて、主人公の目です。

最初、焦点があわなくて、声が切れ切れに聞こえてきて、ぐらぐらとする視界。

ぐいっと近づいてくる、医者や看護師の顔。

脳血管障害で、全身不随になり、動くのは、左目だけ。右目はまばたきができないから乾燥する、と縫われてしまいます。

 そこからリハビリが始まるのですが、話すことができない主人公に療法士がついて、「E,S,R,I,N・・・」と使われる頻度の高い並べ方で並べられたアルファベットを声に出してもらい、まばたきを一回すれば、YES、二回すればNO・・・最初は、それだけで言葉をつづっていく。

最初に言った「まばたきした」言葉は、「死にたい」

最初はゆっくりだったのですが、主人公と療法士はどんどんそのスピードを上げていく。

そして、『潜水服は蝶の夢を見る』という本を書き上げるのです。

 エルの編集長で、忙しく働いていて、子供は3人いるけれど、どうも女性関係も派手で、離婚したらしい。

元妻も、今の愛人も、病院のひとたちも、なんだかんだいってジャンには、腫れものをさわるように接する。

ジャンの内面の声は、誰にも届かない。

最初は主人公の瞳だったカメラはゆっくりと、主人公の過去へ、そして、病院での治療へ・・・とひろがっていく。

この広がり方がとても巧みですね。

あまりべたべたと感傷的にもならず、可哀想という憐みもなく、淡々としています。

病院の設備は完璧で、手厚く看護を受けることになりますが、動くのは左目だけ・・・重い潜水服を着て深海に落ちていく錯覚を覚える。海の近くの病院なのですが、海の色は、青くなく、黄土色をしている。

 青い海ではなく、憂鬱な、さびしげな、人気のない海。

季節は冬。悲惨な・・・というよりさびしげな雰囲気が全体を貫いています。

 これは実話ですが、本が完成した10日後に合併症でなくなったとのこと。

こんなに絶望にしばられていても、ゆっくりと、蝶が羽ばたくように、体は動かないけれど、想像力だけで主人公は、望みをつなぐ。

それが蝶になる、という夢ですが、それもあまりしつこく描かず、声高でなく、人間の頭の中で何が、何に作用するのか・・・望みにもなるし、絶望にもなる。そんな 浮き沈みをただの感動的な希望物語にしなかった抑制のきかせ方がとてもしんみりと、じわじわとした、感慨をもたらす映画です。 

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