スラム砦の伝説

スラム砦の伝説

The Legend of the Suram Fortress

2009年9月22日 ビデオ

(1984年:グルジア:87分:監督 セルゲイ・パラジャーノフ)

 もし、どうしても、好きな映画を一本だけあげろ・・・と言われたら、迷わずこの『スラム砦の伝説』にします。

といっても、この映画が映画的にとても素晴らしくて、面白くて、楽しくて、おすすめ!の映画ではありません。

むしろ、映画がわからない、わからない・・・と平気で連発する人は、この映画は全然わからなくなってしまうので、むしろ、観ないで欲しい。

もう、自分だけ、のものにしておきたい、という、わがままを言ってしまう映画です。

(蓮見重彦さんは、「パラジャーノフがわからない、などという人とは友達になってはいけない」とか言ってました、、、いや、そこまでは言いません)

 この映画は、今はなき錦糸町のソビエト映画専門映画館、マルキ・ド・シネマで観ました。

パラジャーノフ監督の映画は、順次公開されたのではなく、六本木のシネ・ヴィヴァンが、「パラジャーノフ映画祭」という一種の企画ものとして、『ざくろの色』『アシク・ケリブ』『スラム砦の伝説』の三本を一挙公開したのを、マルキ・ド・シネマでもやった・・・ということです。

 パラジャーノフ監督の映画は、シネ・ヴィヴァンで観た・・・という人は結構いるのですが、マルキ・ド・シネマで観た、という人に会ったことがありません。

このとき、わたしは、22,23歳だったような気がします。

記録が残っていないので、何歳だったか忘れてしまいましたが、10代ずっと映画ばかり観てきて、わたしはずっと映画を観るんだ!って思っていたものの、その後の社会人生活の荒波に、映画どころではなくなってしまったのが事実。

 ある映画を観たら、とても疲れてしまって、その後、一年間、テレビでももちろん映画館でも、一本も映画を観ませんでした。映画を捨てたわけではないのですが、映画を観る気がなくなってしまった空白の一年間。

今から思うと、22、23歳なんて、若い若い若いっ!働いているから、そこそこ給料はある、休みもある、腰痛もない、視力もいい・・・いいことずくめですが、

不思議と、映画が観たいと思わなくなってしまったのに、また、映画にどっぷりとつかり始めるきっかけが、この『スラム砦の伝説』です。

 当時、映画館スケジュール雑誌では、ぴあとシティ・ロードというのがあり、ぴあは今もありますが、シティ・ロードは廃刊になりました。

わたしは、シティ・ロードを定期購読していたから、一応、映画情報は知ってはいても、それでも、映画を観たくなかったのです。

そんなとき、この映画の紹介を読んで、しかも、遠い六本木のシネ・ヴィヴァン(六本木というのは、今もそうですが、好きな街ではないし、とても遠い)だけでなく、ひっそりと錦糸町のマルキ・ド・シネマでもやっている・・・と知って、何も知らずに観にいきました。

 衝撃的。

グルジアは当時は、まだソビエト連邦であり、ソビエト映画というカテゴリになっていました。

グルジアってどんなところ?全然、知らない。アジアといっても、中央アジアのことなんて、何も知らない。言葉も宗教も歴史も文化も何も知らない。

 スクリーンに次々映し出されてくるのは、とにかく「わたしが全く知らない世界」

それなのに、なぜ、こんなに「わかる」のだろうか・・・・それが、わからなかったけれど、40代になって、ソビエト映画回顧展で、パラジャーノフ監督の中編映画『アラベスク』を一緒に観た人が、「脳味噌に色がぶるぶるぶるって直撃してくる映画」と言ったので、は。としました。

 なぜ、知らない世界が、わかるのか・・・それは理由理屈ではなくて、色が脳を直撃したから、色がわかったのです。パラジャーノフ監督は画家でもあり、家が古美術商でしたので、子供のころから、さまざまな美術芸術品を見てきたそうです。

どこを切り取っても、美しい美術を見ているような映画。そして、イスラム教とギリシャ正教が合体した文化とそして、音楽。

めくるめくような、眩暈を起こすような、異文化のまじりあった強烈な世界。

 話としては、グルジアの伝説をもとにしたそうで、シンプルです。

奴隷から解放してやる、とだまされて、遁走した男と、帰ってこない恋人を待つ女、のちに、別の女性と結婚してしまった男。

そして、国は戦争の真っ最中であり、国王は、どうしても敵の襲撃に崩れてしまう、を繰り返すスラム砦を堅固にしたい。

女は、占い師となり、男のことも、何もかも知ってしまったのですが、男は何も知らない。

国王は、男の息子を従者として、どうしたらスラム砦は崩壊しないか・・・を聞きに行きます。

女占い師は、復讐なのか、本当の占いの結果なのか・・・ある提案をします。

 映像、瞳の快楽といってもいいほどの映画なので、丁寧な説明などありませんから、ストーリーを書き出してもあまり意味がないと思います。

映画的ではありますが、演劇的なところもあって、出てくる人々が皆、正面を向いていて、向かい合って話をする、、、というシーンはほとんどありません。

皆、正面を向いて、カメラに向かって言葉を言う。

随所に観られる音楽のシーンも、演奏する人たちは、カメラ正面を向いています。

まるで舞台から観客に見せるように。この楽器が、また、エキゾチック。

 馬、犬、鳥、魚・・・といった動物が、たくさん出てきて、獣のにおいがするようです。

そう、この映画は獣の臭いが、スクリーンから伝わってきます。出てくる動物、果物、音楽・・・すべてが何かのメタファーであるのですが、それをいちいち詮索するのは後にやればいいことで、まず、色と獣の臭いのシャワーをあびて、びっくりする・・・のです。

 スラム砦が堅固になるように、今度こそ、崩壊しないように、人々は生卵をたくさん、地面に埋めるシーンから始まり、「スラム砦がたったぞ・・・・」という遠い声とともに真っ白になるラスト。

 こういう映画は、タルコフスキーとか、ゴダールとか手法的にはもっと優れているのかもしれない監督がいて、根強い人気を誇っているあまり、「権威」になってしまった気がします。

 好きな映画監督、10人をあげろ・・・というときに、わたしは、タルコフスキーもゴダールも入れず、真っ先にパラジャーノフをあげました。

どうして、タルコフスキーがないの?ゴダールがないなんて変ですよ・・・・とさんざ、言われたけれど、わたしは、タルコフスキーよりもゴダールよりも、パラジャーノフの色の世界が理由理屈なしに、「好き」なんです。

映画好きの人たちは、理由理屈をつけたがる。わたしは、そんなこと知らない。パラジャーノフの映画に理由理屈なんていらない。だから好きなんです。

 美術大学の学生が授業で、パラジャーノフ監督の映画を観た・・・という話が一番説得力あります。

色で映画を観る・・・・そういう経験は、社会人生活で、俗っぽくて、忙しくて、キリキリ舞いをしていた、わたしの脳を直撃しました。

もうすこしで、社会に押しつぶされそうになっていた若いわたしを、すくいあげてくれたのがこの映画です。

だから、この映画への思い入れは、ほかの誰よりも強いのだと思います。

 ビデオをすぐ買って、何度も観ました。今回、観て、テープが劣化しているのがわかったので、DVDが出ているから買おうと、思いました。

こういう映画は、10年に一本くらいしか、出会えません。わたしは40代だから、まだ、4本しかないんですよ。そういうものです。

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