狩人

狩人

I Kynghi

2005年11月3日 吉祥寺バウスシアターにて(特集テオ・アンゲロプロス)

(1977年:ギリシャ・ドイツ・フランス:172分:監督 テオ・アンゲロプロス)

私はテオ・アンゲロプロスの映画がとても好きです。でも、誰にでも、おすすめ、おすすめ!と言えない映画を作る監督なんです。

去年『こうのとり たちずさんで』の時に書いたのですが、黒沢清監督が、アンゲロプロスの映画について

「映画を志す全ての若者にアンゲロプロスをすすめる。どうにかして人生を変えたいと思っている人にもすすめる。今のままでいい、十分だ、何ひとつ変わってほしくないと思っている人にはすすめない。」

本当にそう思います。映画好きだから、という理由だけではすすめられないのですね。むしろ、「今のままでいい、十分だ、何ひとつ変わってほしくないと思っている人」は観ないで欲しいです。

アンゲロプロスはギリシャの歴史、特に政治的な背景を好んで、人間の行いというものをつきつめてきますから、「嫌なものは見たくない人」「いつまでも体に何の栄養にもならない甘いものだけ食べていたい人」には苦痛、または退屈に他ならないからです。

この『狩人』は日本公開は随分と後になってしまったのですが、『旅芸人の記録』の後に作られた映画です。

全体のカラー、テンポ、時には20分という長回しの多用、次々と政治が変化してそれに巻き込まれていく人、波に乗って逃れる人、どさくさにまぎれて地位を上げていく人・・・そんな群像を使った個人の姿を浮き彫りにする、というのは同じです。

アンゲロプロスの映画は、大体が国を離れる、放浪する、彷徨う人々を追いますが、この『狩人』が違う点は、一ヶ所に人々が集まるという基本設定がある、という所です。

1976年の大晦日。川辺にある立派なホテル。夜にはパーティが始まる前に、男達は狩りに出かける。

雪原の中を6人が犬を連れて、歩く姿をまずカメラはじっくり追います。ロングショットなので1人1人の顔や表情はわからない。

そこで死体を見つける。その死体は、1949年当時の反乱兵士の姿をしていて、ありえないのだけれど、まだ体は温かく、今死んだばかりのよう・・・・死体をホテルに運び込んだ6人。そしてその妻たち。

死体を前にして、それぞれが憲兵に心当たりを聞かれる、その証言の数々です。とても今回は舞台的な演出を試みています。

ギリシャの現代史というのは激動の連続で、それぞれの人々はそれを生き抜いてきた人々。しかし、綺麗事ばかりで生き残れた訳ではない。時には裏切り、時には被害をこうむりながらも、生き延びた人々。

それが証言という回想になってひとりひとりが過去を暴露する結果になるのですね。

しかし、アンゲロプロスはただ、こうこうこうでした、と物語を作るだけということはしません。

人びとがあわてて、ホテルの2階の客室のドアを開け閉めして、出入りする様子をカメラはじっと廊下で見つめる。

あわてる人、開き直る人、訳がわからない人、保身に走ろうとする人々が廊下を行き来するのを1シーンで描き、これからこの人たちに何が起こるを暗示させたりします。

暴動で、暗殺事件を目にしたこと、クーデターでコンスタンティン国王が追放され新政府が出来る・・・そんな時、荒れ果てたホテルを買い取った男は影でうまくたちまわり金持ちになる。

暴動のシーンというのが、いわゆる暴力的に暴れたりしている、というより、大勢の人が無言で列を作って歩いていくのをまた、じっとカメラは見つめる。ある男が冤罪で、連れていかれる様子をカメラが追うとその背景に反対運動をしている人々が大勢旗を持って行進していく、といったカメラが見つめたその先にあるもの・・・を最後の最後までしつこく追う。

白眉のシーンは、ホテルの男女達が追いつめられて、中から外へ出る・・・そしてカメラは途切れることなく静かに川を映す・・・そこには赤い大きな旗をたくさん掲げた小舟の大群が音もなく水面をすべっていく・・・というシーン。

ものすごく用意周到なリハーサルを繰り返したとは思うのですが、風景の中にいる人間の小ささと小さい人間が集まった時の大きさといった物事をじっくり見つめる瞳というのが群を抜いて鋭いのがアンゲロプロスです。

しかし、現実をリアルに描くのではなく、演劇的、伝説神話的、映画的といった構造を必ずもっていて、現実世界と虚構世界の隙間というものもきちんと作ってみせるのですね。

アンゲロプロスの映画を観ると私はいつも疲れます。しかし見終わった後の疲れは感動に昇華します。それは病みつきになる世界です。

もう、アンゲロプロスの映画だけあれば私はいいや~なんて思ってしましましたよ。このラストには。

アンゲロプロスの映画を観ると、楽しいとか、感動を通り越して、映画が自分の血や肉になり、精神に安定と自信をもたらすような気がしてなりません。自分が心身共に健康である為に必要な映画、なのかもしれないです。

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