ガラスの使徒(つかい)

ガラスの使徒(つかい)

2005年12月23日 東京都写真美術館ホールにて

(2005年:日本:110分:監督 金守彦)

唐十郎、原作、脚本、主演です。

私は唐十郎の舞台が大好きでした。若い頃には、唐芝居をよく観に行きました。また、戯曲もたくさん読み、学生演劇で唐十郎をやるとなると観に行ったりしました。

唐十郎の世界というのは、汚物にまみれた暗い世界の中に聖なるものを見いだす、というのがひとつのパターンとしてあったと思います。

どんなに見た目は汚い物でも、そこには人間の情があり、聖なるものが存在する。

それを体現していたのが、李麗仙であり、緑魔子でした。唐芝居に出てくる女の人は皆、強く、そして哀しい。

所がこの映画になるとガラス、というものの透明感を映像で出そうと苦心している所に、唐十郎の持つ濁りのようなものが、妨げになって攻防を繰り返しているようです。

ガラスの透明感を映像で出すのは簡単なようで、難しいものだと思います。

ただただキレイキレイに撮ろうと思えば、幻想的なシーンの積み重ねで出来ない事はない、と思います。

しかし、それだけでなく、もっと深く・・・しようとして、中途半端に終わってしまったような印象を受けました。

ガラスの精とも言える女性がダム湖に潜るシーンはキレイというより、不思議なリアル感があって良かったです。

明らかに、水に潜ってのシーンではなく水の中を見せる、という手法は面白いと思います。ちょっと舞台的でそこが良かったですね。

やりたいことが、一筋につながっていない映画というのは観ていて、ギクシャクしてしまう。あれもこれも・・・と考えてしまったような散漫感がちょっと残念です。

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